自転車でさるく。

熊本県北部在住のランドナー・スポルティーフ乗りです。

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宮原鉱跡をさるく(大牟田市)

9月に入ると、早朝が冷え込んでくる日もあり、体調を崩しがちな人も
出てくるかと思いますが、皆さん方は如何でしょうか。
このところ夜明けが一時に較べて遅くなり、それにつられて目が醒める
のも遅くなりました。(一時期は5時には起きていたものですが・・・^^;)

最近宮原炭鉱の櫓の場所を特定出来たので、さるきがてら行ってみることに
しました。

miyahara03.jpg
さて、走り出しますと「ひやっ」とする風を受けます。流石に秋の気配は
十分。寝ぼけ眼を醒ますにも打って付けです。

・・・なんと、宮原鉱への案内板はいつもの巡回路上にありました。わが眼の
フシ穴っぷりにも仰天ですが、慣れたはずの道にもまだまだ知らないモノが
あるものだと改めて実感しました。

miyahara02.jpg
宮原鉱跡も保存状態が良く、傍の炭鉱電車の線路跡を辿ると荒尾の万田鉱と
対をなすように建っています。ここらで出た石炭を効率よく大牟田港まで
運べるような仕組みになっていたのでしょう。

もちろん周囲は炭鉱住宅地だったことも、区画の跡などからよく分ります。
大きな浴場に売店、集会所など充実した生活環境があったことが窺えます。

miyahara01.jpg
最初内陸で掘っていたが、どんどん有明海の海底下を掘り進むようになって
いったことなどが分りました。(露天堀りが出来る海外の炭鉱に較べたら、
それは過酷な環境だったことが容易に想像出来ます。)

戻りの道でも諏訪川に掛かる錆びたパイプラインや橋げたの跡など、改めて
「これは何なのだろう?」と思えるようなモノがまだまだあるものです・・・。
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| 荒尾のよかとこ | 21:39 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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のばらさん(野原八幡宮例大祭)

荒尾市の3大祭りのひとつ、「のばらさん」(野原八幡宮:のばらはちまんぐう
例大祭)が行われました。

毎年10月15日に開催されるこのお祭りは、荘園領主の祭事に起源を持つとされ、
和紙で造られた獅子頭を頭に付けた稚児による舞「風流(ふうりゅう)」と、稚児を
乗せた馬を曳く行列が八幡宮へ「ヘーロイ!ハーロイ!」(掛け声の由来は残念乍ら
判りません^^;)の掛け声とともに神幸する、武家方の祭事に起源を持つと云われる
節頭行事(せっとうぎょうじ」の2つで成っています。

nobara01.jpg
すでに750年ほどの歴史を持つとの事で、「風流」は熊本県の県重要無形民俗
文化財、「節頭行事」が荒尾市の無形民俗文化財に指定されています。

御祭神は住吉大明神、応神天皇、神功皇后です。また、産土神として地元の人々に
親しまれ、私の娘もここでお宮参りや七五三をしました。

中学校と小学校に挟まれた立地にあるので、境内で子供を見かけることが多く、
今の時期は学校帰りの子供達が椎の実探しをしています。

この野原八幡宮は野原荘の一ノ宮とされ、荘を囲むように南に高浜地区の二ノ宮、北に
荒尾市唯一の前方後円墳上に立地する川北地区の三ノ宮(下井手神社)、東に本井手の
唐崎宮が配されています。ムー的な考えですが、これらで結界のような仕組みになって
いたり・・・などと考えてみたりしています。(実際荒尾市に災害が少ないことから、案外
そうなのかも知れません)これらのお宮についてはまた書いてみたいと思います。

nobara02.jpg
さて、のばらさんと云えばここでも他の神社のお祭り同様、縁日が開かれます。子供の
頃はこの縁日が楽しみで、実際この日は学校も半ドンでしたから、数百円を握り締めて
縁日の出店で売っているあやしいモノに舌鼓を打ったものです。

自分の子供が同じようにお祭りを楽しむのを見ながら、自分の子供の時を思い出しました。
あの頃のスルメ焼きやりんご飴はおいしかったなあ・・・と。

| 荒尾のよかとこ | 21:51 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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万田公園プール跡

ようやく、早朝に少しひんやりしたものを感じるようになったので、術後の
リハビリがてらさるいてみました。

うっ。寝ぼけ眼に旭が眩しい・・・私は低血圧ニンゲンorz。

りーどれー君に跨り、家族が起きてくるまでの間気の向くままにさるきます。
無理せずにケイデンスは80。20km/h内外くらいで流すことしばし・・・。
うーむ。やっぱ踏み込むと少し痛いか。でも乗れるってシアワセ。

やがて、荒尾の北部にある「妙見・みょうけん」と呼ばれる地区に来ました。
ここはかつての炭鉱の中心地です。VIVALOでさるいた時の記事はこちら

DSCN1353.jpg
万田鉱にほど近い場所にある、万田公園の中に残る「万田公園プール跡」です。

これは三井鉱山が従業員への厚生施設として設えていたそうです。昭和30年
頃まで使われていたそうで、さすがに今では草叢に埋もれていますが、今でも
大人用プールと噴水を兼ねた子供用プールに、観覧席、シャワーエリアも確認
出来ます。

DSCN1352.jpg
夏空の下で、真っ黒に日焼けした子供達のはしゃぎ声が聞こえてきそうです。
社員憩いの場所だったであろうことが容易に想像出来ます。

今日、真水のプールは珍くも何ともないですが、当時は学校でさえプールが無い
のが普通であったため、県下でも有数のプールだったそうです。
(実家の父親=昭和15年産れ曰く、水泳の授業は海で実施されていたとの事。)

万田鉱の周りには生活遺構がまだまだ数多く残っています。映画館にテニス
コート、売店、大きな住宅街・・・当時としては破格の設備です。調べるほどに
三井という財閥の持つ力と、炭鉱という事業の規模の大きさが窺えます。

歴史の中に埋もれつつある先達が遺したモノを見つめる・・・そんな時間も楽しい
と感じるようになりました。

| 荒尾のよかとこ | 21:26 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所変電所跡と荒尾市路面電車軌条敷跡

木々の梢でクマゼミの熱唱が聴けるようになってきました。 長かった
梅雨がやっと明けましたね。
(しかし9月まで続く熱地獄の幕開けでもあります)
早速カビ落としがてらユーラシアで近所を散策しました。

それなりの暑さでしたが、カラっとしていたので18km/hでゆったりと
クルーズできました。急ぐ先も特に無いので気の向くままさるきます。

視点が高いことと安定志向の味付けですので、この手の走りにはまこと
打って付けです。

鼻の下に汗の玉が出来た頃、ある施設の前を通りました。

P1000178.jpg
荒尾市に残る戦時遺構「東京第二陸軍造兵廠荒尾製造所変電所跡」です。

これは大東亜戦争中は陸軍の火薬工場、戦後は荒尾市電に使う電気の
変電所だった所です。

もちろん今は使われておらず、完全に閉鎖されていますが、保存状態が
良いことと、独特の外壁のおかげで直ぐに見つけられると思います。
映画のロケにも使えそうな雰囲気です。

この地区一帯は、かつて陸軍の工場群があったそうで、随所にそれらに
関連があるとおぼしき建物や施設の跡があります。

帰り道は荒尾市ウォーキングコースを辿って帰りました。このコースこそ
昭和39年に廃止された荒尾市電(チンチン電車)の線路跡です。

実家の母親が高校時代に乗っていたと云うくらい古い話なので、もちろん
レールの跡すら無く、コースの形に何とか往時を偲ぶぐらいです。
P1000177.jpg
荒尾シティモール近くの「山の手」と呼ばれる場所が終点でした。

世界遺産入りを目指す万田炭鉱の櫓のようなものもありますが、ひっそり
佇んでいる「歴史の証人」を探す近代遺構巡りもなかなか乙なものです。
身近にもまだ知らない遺構がありますね。

| 荒尾のよかとこ | 20:59 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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山田日吉神社の藤(玉名市)

今お隣玉名市の山田日吉神社の藤が花盛りです。樹齢200年の
大藤は保存会の手入れもあって年々規模が拡大しています。
藤棚です。
今年は大型連休の初日に行ってきました。多くの人出で賑わい、
藤の淡い香りを肴に良い気分の人もちらほら。
fujidana02.jpg
これだけ樹勢があるのは、参拝の作法にもあるように「根元に一杯
藤も酒好き」とあるからなのかも知れません。花は子供の日くらい
までは愉しめそうですよ。
fujidana03.jpg
藤の次はどんな花見をしましょうか・・・

| 荒尾のよかとこ | 07:23 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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